大判例

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仙台高等裁判所 平成7年(う)136号 判決 1996年3月25日

本店所在地

青森県五所川原市大字漆川字鍋懸一八九番地四

イズミボウリングセンター株式会社

右代表者代表取締役

齊藤淑人

本籍及び住居

青森県北津軽郡金木町大字嘉瀬字端山崎一五二番地の一

会社役員

齊藤淑人

昭和二二年二月八日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成七年一〇月二三日青森地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らの原審弁護人からそれぞれ控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官海老原良宗出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は、その二分の一ずつを各被告人の負担とする。

理由

一  本件各控訴の趣意は、弁護人小村保秀が提出した控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。なお、弁護人は、当審第一回公判期日において、控訴趣意第一点は、訴訟手続の法令違反の主張であって、原判決が証拠として採用した被告人齊藤淑人の大蔵事務官に対する質問てん末書は、供述拒否権告知の規定を欠く国税犯則取締法に基づき作成されたものであり、憲法に違反するものであるから、原判決がそのような証拠に基づいて事実を認定したのは訴訟手続の法令違反であるという趣旨である旨釈明した。

二  控訴趣意第一点(訴訟手続の法令違反の主張)について

論旨は、要するに、原判決が証拠として採用し本件各犯行の認定の根拠にしている被告人齊藤淑人の大蔵事務官に対する質問てん末書二〇通(原審検察官請求証拠番号乙第一ないし第二〇号、以下「本件各質問てん末書」という。)は、国税犯則取締法一条の、収税官吏は犯則事件を調査するため必要があるときは犯則嫌疑者に対し質問することができるとの規定に基づき作成されたものであるが、国税犯則取締法一条の右質問手続(以下「質問手続」という。)は、単なる税務調査ではなく将来刑事事件で訴追される可能性を含むものであるから、何人も自己に不利益な供述を強要されない旨規定した憲法三八条一項に照らして、質問手続には供述拒否権を告知すべき法的規制が必要であると解すべきところ、国税犯則取締法には供述拒否権告知の規定を欠いているから、質問手続は憲法三八条一項に違反するものであり、右手続に基づき作成された本件各質問てん末書は、憲法の右規定に違反するものであって、これらを証拠とすることは許されないのに、本件各質問てん末書を証拠として採用し原判示の事実認定の根拠にした原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。

しかしながら、国税犯則取締法一条の質問手続は、犯則嫌疑者については、自己の刑事上の責任を問われるおそれのある事項についても供述を求めることになるものであるから、実質上刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものというべきであって、憲法三八条一項の規定による供述拒否権の保障が及ぶものと解されるけれども、同条項は、供述拒否権の告知を義務づけるものではなく、右規定による保障の及ぶ手続について供述拒否権の告知を要するものとすべきかどうかは、結局のところ、立法政策の問題と解されるのであって、国税犯則取締法に供述拒否権の規定を欠き、収税官吏が犯則嫌疑者に対し同法一条の規定に基づく質問をするにあたりあらかじめ右の告知をしなかったからといって、その手続が憲法三八条一項に違反することになるものではない(最高裁昭和五九年三月二七日第三小法廷判決・刑集三八巻五号二〇三七頁等参照)から、国税犯則取締法一条に基づき作成された本件各質問てん末書が憲法三八条一項に違反するものとはいえず、これらを証拠として採用し原判示の事実認定の根拠にした原判決の訴訟手続に違法は認められず、論旨は理由がない(なお、弁護人は、控訴趣意書において、国税犯則取締法一条の犯則嫌疑者に対する質問手続については、被疑者の取調べに際し供述拒否権を告知すべきことを定めた刑訴法一九八条二項の規定が準用されるべきであるなどと主張するが、国税犯則取締法上の質問手続は、一種の行政手続であって刑事手続ではなく、両者はその性質を異にするから、右質問手続に刑訴法一九八条二項の規定が直ちに準用されるものではなく、右主張は採用できない。)。

三  控訴趣意第二点(被告人齊藤淑人にかかる量刑不当の主張)について

論旨は、要するに、被告人齊藤を懲役一年、三年間刑の執行猶予に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討すると、本件は、原判示のとおり、被告人会社の代表者である被告人齊藤が、同会社の業務に関し法人税を免れようと企て、売上高を除外するなどの不正な方法により所得を秘匿した上、平成二年四月一日から平成五年三月三一日までの間の三事業年度における被告人会社の各確定申告にあたり、いずれも内容虚偽の法人税確定申告書を提出し、不正の行為により、被告人会社の法人税合計四一〇九万九三〇〇円をほ脱したという事案であるところ、本件のほ脱所得額は合計一億一四〇〇万円余り、ほ脱額は合計四一〇〇万円余りと高額で、各事業年度のほ脱率はいずれも九五パーセント以上と高率である上、犯行の動機に特に酌むべき事情は認められず、各犯行の態様をみても、被告人齊藤は、被告人会社の従業員に指示して、ボウリングのゲーム料の一部とそのゲーム数に見合う貸し靴代のほかビリヤードやカラオケ等の収入の一部を除外し、これを家族名義や仮名の預金口座に入金したり他への支払いに当てていたという計画的なもので、犯行の発覚を防ぐため、売上シートの続き番号に矛盾が出ないよう工作をするなど手口も巧妙であって、このようにして三事業年度にわたり脱税行為を続けた被告人齊藤の法規範軽視の態度には著しいものがあるといわざるを得ず、同被告人の刑事責任を軽視することはできない。

そうすると、被告人齊藤は、本件各犯行を認めて一応反省の態度を示していること、本件の各不正申告については、平成六年九月に修正申告を行い、各本税、延滞税及び重加算税のほか市民税など一億三六〇〇万円余りについて、一部分割払いを続けている分を除き納付済みであること、被告人齊藤は、長年にわたりボウリング場経営の事業に励んできたものであり、これまで前科前歴がないことなど、所論が指摘し、当審における事実取調べの結果から窺われる被告人のために酌むべき情状を十分考慮しても、被告人齊藤を懲役一年、三年間刑の執行猶予に処した原判決の量刑はまことにやむを得ないものと認められ、これが重過ぎて不当であるとはいえない。本論旨も理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用は、同法一八一条一項本文を適用して、その二分の一ずつを被告人らに負担させることとして、主文のとおり判決する。

平成八年四月四日

(裁判長裁判官 泉山禎治 裁判官 富塚圭介 裁判官 河合健司)

平成七年(う)第一三六号

控訴趣意書

罪名 法人税法違反

被告人 イズミボウリングセンター株式会社

同 齊藤淑人

右被告人に対する頭書被告事件の控訴趣意は左記のとおりである。

平成八年一月一八日

弁護人 小村保秀

仙台高等裁判所第一刑事部

御中

第一点 原判決は憲法に違反する証拠を採用して事実認定をしたので破棄を免れない。

すなわち原判決は、証拠の目標において被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書二〇通を明示して採用した。(記録六〇八丁平成五年一二月七日付以下平成六年八月二三日付八六二以下まで)

しかし大蔵事務官作成の質問てん末書は次の理由により憲法に違反した文章といわざるを得ない。

1 大蔵事務官の質問てん末書の作成の法的根拠は国税犯則取締法第一条の『犯則事件ヲ調査スル為必要アルトキハ犯則嫌疑者若ハ参考人ニ対シ質問シ――』であろう。

この法律の調査は単なる税務調査ではなく、犯則に対するもので将来刑事事件で訴追される可能性を含むものである。

一方日本国憲法第三八条第一項は『何人も、自己に不利益な供述を強要されない』とし、その保証として刑事訴訟法第一九八条第二項の供述拒否権の告知が規定されている。ただ任意に供述したといっても、この告知がなければ蝉の抜け殻に等しい。

将来刑事事件において有罪証拠として用いられる可能性のある本件の質問てん末書は、それ自身は刑事訴訟法により作成されるものではないが、手続きの進行により刑事訴訟法の適用を受けることになるから前記刑訴法の供述拒否権告知が準用されなければならない。

それ以前の問題として、国税犯則取締法の質問はすくなくとも嫌疑者に対しては、供述拒否権の告知をすべき法的規制がなければ、憲法第三八条第一項の精神を全うすることはできない。

すなわち国税犯則取締法の質問権は供述拒否権告知の規定を欠く故に憲法に違反するといわざるを得ない。この法律は明治三三年に公布された旧憲法時代の法律でその後何回となく部分改正され継ぎはぎだらけの法律であるから、必要な手当未了の点もあろうが、もともと人権に対する配慮が足らないのは当然である。

この憲法違反の法律に基づき質問てん末書を作成し、原判決がこれを証拠として採用したものであるから、原判決は破棄せざるを得ないのであろう。たとえ被告人弁護人が証拠とすることに同意したとしても、憲法違反の瑕疵は治癒されない。

2 前記大蔵事務官作成質問てん末書二〇通は、いずれもイズミボウリングセンター株式会社を嫌疑者として表示し被告人齊藤淑人を取調べているから、形式では被告人は国税犯則取締法にいう参考人ということになる。しかし当時被告人は被告人会社の代表取締役であったから、当然嫌疑者の立場で取調べられるべきであり、また質問の内容は被告人齊藤が行為者として責任を追及されるものであり、刑事訴訟法における被疑者の立場である。原判決も前記てん末書を刑訴法三二二条一項の書面として取り扱っている如くである。

それを見越して国税収税官吏はてん末書の冒頭に等しく『任意に供述した』という不動文字をいれている。これはこのてん末書が将来刑訴法の手続きに使用されることを前提としたものである。そうであるなら何故に供述拒否権の告知をしなかったのか。

根拠法に書いていないというなら任意に供述したというのもそうである。とにかく不利益事実供述拒否権は憲法上の動かし難い権利であるから、その供述拒否権告知がなされなかった質問てん末書二〇通を証拠として採用した原判決は違憲の譏りを免れないことは当然であろう。

第二点 原判決の量刑は重きに過ぎ不当であって破棄すべきである。

仮に原判決の採証が憲法違反でもなく、法令にも違反していないとしても、その量刑は被告人齊藤について執行猶予とはいえ懲役一年は重きに過ぎるといえよう。

1 被告人は本件について国税局の指示に従い、修正申告本税、加算税、延滞金を全て納付した。(記録第五冊一〇七七丁以下)被告人の改悛の情は十分認められる。

2 一審の検察官は論告において、被告人齊藤が取調の一部を拒否するなど身勝手な態度を取り、反省の情に欠け再犯の虞があると強調している。(記録第一冊二二丁以下)これが求刑の懲役一年二月の根拠であろうが、これは許し難い暴言である。

不拘束の被疑者は任意の取調に対して、拒否しもしくは退席し得るのは刑訴法上の動かし難い権利である。これを行使したから悪質だというのは、刑訴法の精神を理解せず、供述の任意性まで自ら否定するに等しい。

3 被告人齊藤は、国税局の本件査察の当初から検察官からこの件は公判にはならないといわれ、そのつもりで取調官の意を迎えるような供述をしてきたが、検察官の最終に近い取調で起訴されると告げられ、話が違うと感情的になり署名拒否したのである。

なお取調を否定した事情は国税査察官の態度が最初は公判にならないだろうといいながら終わりころには告発になる、起訴されるだろうというように変わってきたので、被告人なりに約束が違うと感情的になったものであって、(記録六一丁の六丁以下)被告人の思い及ばざるところもあり現在は反省すべきは反省している。

被告人会社の代表者も起訴後木津新に変更したが、自分のしたことは自分で始末をつけるべきだと思い至り再度代表取締役を自分に戻したのである。

ほ脱額、その態様はその後の措置を総合すれば、被告人会社の罰金一千万円は別として被告人齊藤に対する懲役一年三年間執行猶予の刑は重きに過ぎるので十分考察を願いたい。

右は謄本である。

平成八年一月一八日

弁護士 小村保秀

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